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社員インタビュー

クリーンで、社員に最大限還元ができる社員ファーストな会社を目指す!

メンバー紹介 ★第1回★
株式会社アルスキューブ 代表取締役 竹見 浩太郎

自己紹介

新潟県長岡市出身 東京都杉並区在住

大学進学をきっかけに上京。
幅広い業界を経験し、2018年10月に株式会社アルスキューブを起業。

趣味:家族で散歩、釣り
休日の過ごし方:コロナ禍以降、1日かけて家族と遠距離の散歩をしています。最低10kmは歩きます!
ハマっている事:ウィスキーをブレンドしておいしいハイボールを作ることにハマっています!

幼少期~学生時代

– ITとは無縁の世界で生きていた幼少期 –

インタビュアー
今は経営者として会社を牽引している竹見さんですが、どんな子供時代だったんですか?

竹見
田舎で育ったので、外で遊ぶことが多かったです。夏はカブトムシを採ったり、釣りをしたり。冬はスキーをしてという風に、良くあるの田舎の遊びという感じです。今では考えられないくらい肌が黒くて健康的な感じでした。

– 父の姿が今の自分を形成する反面教師に –

インタビュアー
なるほど、まったくITとはかけ離れたといいますか、むしろ自然と共に過ごされてきたんですね。

竹見
父が地元新潟で測量製図事務所の社長をしていますが、家にほとんど居らず、いつも忙しく大変そうなイメージでした。
大きい会社ではなかったので自身もプレイヤーとしてバリバリ働いていたのだと思います。公共事業に関わる仕事なので、良い時もあったんでしょうが、もちろん悪いときもあったみたいで、経営って大変だろうなとなんとなくイメージしていました。
母からは経営者になんてなるもんじゃないよと事ある度に言われてましたしね。

大学進学で上京したのですが、看板広告の量が凄いのもあって『町中がどこもかしこもカラフルだ。』が東京の第一印象でした(笑)
新潟は曇り空が多くて、冬は雪で覆われて白黒の世界だったので余計にそう感じたんです。
電車移動、夜でも明るい、色んな人がいる。何から何まで全てが新鮮でした。ここでは体力の限り色々できるんだなと思いました。
大学時代は、一人暮らしでバイトもして、友達と遊んで、自由を謳歌してと普通の大学生でした。

キャリア

– UWSCを見つけたことをきっかけに、ITエンジニアの道へ-

インタビュアー
今はIT企業の経営者として会社を牽引していると思いますが、なぜエンジニアになろうと思ったんですか?

竹見
実は、ITエンジニアではなく別業界を志望していたんです。
しかし、当時は就職氷河期と言われた時期で、未経験ではなかなか就職が決まらずどうしようかなと思っていました。

たまたま、UWSCというマウスやキーボード操作をスクリプトとして保存できるWindowsアプリの存在を知ったんです。
スクリプトを適当にいじっていたら、PCの繰り返し操作やオンラインゲームなどの自動操作に使えることに気が付いて感動し、処理を自動化することにやりがいとロマンを感じたので、これをきっかけにプログラマーに興味を持ちました。

そして未経験でSES企業に入社、3年間は通信キャリアや電機メーカーに常駐し、VB.netのプログラマーとして働きました。
しかし2年半でリーマンショックに。。。常駐先からは契約を切られ、次の案件も決まらず退職勧告を受けて辞めることになりました。

1社目で客先常駐の仕事は景気に左右される大変さを知った。きつくても経験とスキルを身につく場所に身を置きたかった。-

インタビュアー
そうだったんですね。率直に当時はどんなお気持ちでしたか?

竹見
青天の霹靂というか、雷に打たれたようでした。
今あなたにできる仕事はありません、と突き付けられたようで悔しかったです。
「外部環境に左右されないスキル」を身に付けないとまずいなという事は強く思いましたね。スキルが無いとあぶれてしまう。そして転職活動をしました。

– プログラマーとしての道は離れ、社長、副社長しかいないベンチャー企業へ –

竹見
その後、一つの会社を経て前職の会社に入りました。
最初は光回線のインバウンド営業をやって、一日中電話で説明して申し込みをもらうみたいな業務でした。ランディングページを作って、SEOとリスティングで集客していたので、バナーや広告制作も自分で行う必要がありましたし、自然とHTML/CSSとかphotoshopを覚えました。
”何をやりたいよりかはできることを増やす”ことに注力しました。

インタビュアー
明確に計画性を持ってスキルを身に付けるというよかは、仕事をしていく中でやるべき事を着実にしていったという感じですか?

竹見
そうですね。当時は光回線だけでなく、様々な商材をネットで集客して売る代理店業が盛んな時期でしたので色々やってました。商材のことを勉強して、試行錯誤しながらやってみるの繰り返しでした。その中で必要なツールとか覚えていった感じです。
その延長で広告のWEB制作を自ら行う機会が増えていって、コンテンツSEOもを任せていただけるようになり、外からのお仕事もいただけるようになったので、最終的にWEB制作チームを持たせていただけるまでいきました。

前職の最後一年間は、現在の会社の主事業でもあるSESの営業責任者をしていました。
エンジニア40名ほどの営業と管理、採用が主だったんですが、中には勤怠が悪かったり無断欠勤する人もいて、お客様に怒られて謝りに行くことが仕事と化していました。
自分の力ではどうしようもないことが沢山あって、そこに多くの時間を割かなければいけないジレンマ、新しい売上も作らないといけないプレッシャーから、最後は疲れ果てていたと思います。営業や管理職って向いてないなって心底感じました(笑)
とはいえ、前職では小規模の会社だったからこそ色々な業務を経験させてもらい、マルチにできる自信がつきました。

創業までのストーリー

竹見
SES営業に疲れていたころ、当社の取締役である山下から居酒屋に誘われました。
そしたら『一緒に会社やりませんか?』と声をかけてもらったんですよ。
嬉しかった半面、当然悩んだんですが、経営なんてわからないし、当面の運転資金はどうしよう?でもチャンスではあるよなー?とかいろんなことを考えてました。

山下にしても受託開発の部長としてやっていましたが、せっかくの案件があっても開発費の請求が納品後では会社の許可が下りなかったりして苦しんでいたことも知っていましたし、悩むことはやめて、人生一度きりだし挑戦してみようと決意して起業することにしました。

創業に込めた想い

竹見
正直なところ山下に声をかけられるまでは、会社をやろうとは微塵も思っていませんでした(笑)明らかに人を引っ張っていくタイプじゃないですもん。

しかし、やるからには「自分たちがやりたいことを実現できて、クリーンで窮屈じゃない会社をつくりたい」という想いでアルスキューブを設立しました。
前職を辞めてアルスキューブを作るまで3ヶ月くらい無収入で、資金もあまりなかったので色々と大変で眠れない日々でしたが、何とか会社を走らせることができたことは本当に嬉しかった。

今後の展望

竹見
現在はSESと受託開発が主ですが、当社が得意とするスマホアプリで自社サービスを提供して売り上げを立てたいと考えています。
それから、過去の経験を活かしながら、WEB広告の制作から販売までワンストップで行いたいとも考えています。社員全員が各々のスキルを活かして仕事の幅をじわじわ広げていくことを当面やっていきます。そうすると、営業しなくても自然にお仕事がいただけるようになるはずなんです。
とはいえ、まずは会社を存続させ、社員の待遇や環境をより良くし、自分の人生に豊かに自信を持って活動していきたいです。

インタビュアーからの一言

竹見さんの第一印象は、いい意味で”社長ぽくない”と感じました。
物腰が柔らかくワンマン社長というよりかは、社員と一緒に会社を作ろうというのが感じられました。
また、リーマンショックで職を失ったり、杜撰な会社環境に遭ったりと社長自ら苦労した過去があるからこそ、より良い会社、社員の人生を豊かにすることを体現しているのだと思います。現状の環境に何かしら不満を持っている方には、ぜひおすすめしたい企業だ。

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